欧州連合(EU)のAI戦略が大きく変わりつつあります。2025年は、厳格な規制から競争力強化へと軸足を移す歴史的な転換点となっており、その影響は世界のAI業界全体に波及しています。
はじめに:EUのAI戦略における2025年の重要性
2025年、EUのAI戦略は画期的な転換期を迎えました。これまでの規制重視のアプローチから、積極的な競争力強化とイノベーション促進へと方針を大きく転換しています。この変化の背景には、米中のAI競争の激化、そして欧州企業の技術的劣勢への危機感があります。
本記事では、EU AI法の段階的施行状況、新たに打ち出されたAI大陸行動計画、そして今後の展望について、2025年の最新情報を基に詳細に解説します。
EU AI法の段階的施行:2025年の現状
2025年2月:禁止AIシステムの規制開始
2025年2月2日から、EU AI法における「許容できないリスク」を持つAIシステムの禁止規定の適用が開始されました。これは段階的施行の第一段階として実施され、人権侵害や民主主義的価値に脅威をもたらすAIの使用が全面的に禁止されています。
2025年8月:汎用AIモデルへの規制適用開始
2025年8月2日から、汎用AI(GPAI)モデルに関する規則(透明性義務など)の適用が開始されました。これにより、大規模言語モデルやその他の汎用AIシステムに対して、以下の義務が課されています:
2025年8月に施行された汎用AIモデル規制の現状
2025年8月2日から汎用AIモデルに関する規制が適用開始されており、現在、以下のような状況となっています:
- 学習データの詳細開示:AI提供者は学習に使用したデータの要約を公開する義務を履行中
- 著作権法への準拠:EU著作権法に準拠するためのポリシー策定が求められており、各企業が対応を進めている
- システミックリスクの評価:特に大規模なAIモデルについては、リスク評価と管理体制の構築が進行中
ただし、2025年8月2日以前に市場投入された既存のGPAIモデルについては、2027年8月2日までのコンプライアンス対応猶予期間が設けられています。
汎用AIモデル関連のガイドライン発表
2025年7月10日、欧州委員会は「汎用AIの行動規範(General-Purpose AI Code of Practice)」の最終版を発表しました。この行動規範は、AI法第53条(透明性と安全性)、第55条(管理と監督)に定めた義務を満たすための実践的なガイドラインです。
さらに2025年7月18日には、「AI法に基づく汎用目的AIモデルの提供者に課される義務の範囲に関するガイドライン」も発表されました。これらのガイドラインは、AIバリューチェーンに関わる事業者が法的要件を明確に理解できるよう、具体的な指針を提供しています。
AI大陸行動計画:競争力強化への戦略転換
規制から成長支援へのパラダイムシフト
2025年4月に欧州委員会により発表された「The AI Continent Action Plan:AI大陸行動計画」は、EUがAI分野での世界的リーダーとなることを目的としています。この計画は、従来の規制重視アプローチから積極的な成長支援策への明確な転換を示したものです。
5つの重点施策
AI大陸行動計画は、以下の5つの柱で構成されています:
1. 大規模なAIインフラの構築
- AIギガファクトリーへの民間投資は、EU全域で最大5カ所に200億ユーロを投入する
- 現在の4倍となる10万個のAIチップを備えた「AIギガファクトリー」を設立予定
- 既存の13のAIファクトリーに加え、さらなるネットワーク拡充
2. 高品質データへのアクセス拡大
- 2025年内には「データユニオン戦略」を提示し、AIソリューションのスケールアップを支える市場の創出を目指す
- AIファクトリー内でのデータラボ設置
- 多様なデータソースの整理・活用システム構築
3. 戦略的部門でのAI導入促進
- 10の主要産業分野での具体的支援策展開
- 中小企業の特別なニーズに対応した支援プログラム
- 欧州デジタルイノベーションハブの役割強化
4. AIスキルと人材の育成
- 今後設立予定のAIスキル・アカデミーが提供するAIフェローシップ制度や「MSCA Choose Europe」を活用
- 欧州の優秀なAI研究者の呼び戻し
- 次世代人材育成とリスキリング支援
5. 規制の簡素化
- 「AI規則サービスデスク」を新設し、企業によるAI規則の順守を支援
- 特に中小企業の規制対応負担軽減
- 法的安定性の提供
InvestAIイニシアチブ:官民連携による大規模投資
2025年2月、欧州委員会は、パリで開催された「AIアクションサミット」においてAIによる抜本的な競争力強化に向け、さまざまなプログラムに分散していたAIに関する投資施策を取りまとめた「InvestAIイニシアチブ」を発表しました。このイニシアチブは、官民による投資によりAIに対して最大2000億ユーロを投資する巨大プログラムです。
規制緩和への動き
産業界からの規制見直し要請
2025年7月時点で、EUでは110以上の企業と団体による最も強力なAIモデルに適用される規制の実施延期と「イノベーションに配慮した規制アプローチ」を求める書簡が欧州委員会のフォンデアライエン委員長宛に送られました。この産業界からの強い要請により、規制の見直し圧力が継続しており、現在も政策調整が行われています。
AI法サービスデスクの設置
企業のコンプライアンス負担軽減のため、AI法サービスデスクが新設されました。これにより、特に中小企業が規制要件を理解し、適切に対応できるよう支援体制が整備されています。
最新のAI戦略:Apply AIとAI in Science(2025年10月発表)
AI活用戦略の詳細
2025年10月8日、欧州委員会は、欧州がAI分野の世界的な競争に対応するため、AI産業と科学の両分野で優位性を維持することを目的とした「AI活用(Apply AI)」戦略と「科学分野でのAI(AI in Science)」戦略を発表しました。
AI活用戦略の主な内容:
- 10の主要産業分野と公共部門でのAI導入促進
- 中小企業特有のニーズに対応した支援
- 欧州デジタルイノベーションハブのAI体験センターへの転換
- AI対応人材育成施策の複数展開
科学分野でのAI戦略:
- 仮想研究機関「RAISE(Resource for AI Science in Europe)」の設立
- 「ホライズン・ヨーロッパ」からは6億ユーロを投じて科学分野の計算能力へのアクセスを強化
- EUの研究者やスタートアップへのAIギガファクトリー利用促進
AIファクトリーネットワークの拡充
欧州委員会は10月10日、既存のAIファクトリーのネットワークに6つの新たなAIファクトリーが加わることを発表しました。これにより、16の加盟国におけるAIファクトリーの総数は19に増加しています。AIファクトリーとアンテナ構想には合計で26億ユーロ以上が拠出される予定です。
世界のAI競争における欧州の位置付け
米中との技術格差への対応
2025年に施行予定の「AI Act」は、世界初の包括的なAI規制法であり、高リスク用途には厳しい基準が設けられます。しかし、技術開発における米中との競争劣勢を受け、欧州は「信頼されるAI」を武器にルール形成での優位性確保を目指しています。
ブリュッセル効果の期待
EU AI法は、グローバル企業が最も厳しいEU基準に合わせて製品開発を行うことで、事実上の世界標準が形成される「ブリュッセル効果」を通じて、その影響は世界中に及ぶと期待されています。
日本企業への影響と対応策
域外適用による直接的影響
欧州AI法には、域外適用の規定が設けられており、EU域内へAI関連のサービスを提供する日本企業などにも適用される可能性があります。特に以下のケースでは注意が必要です:
- EU市場にAIシステムを投入する場合
- AIシステムで生成されたアウトプットがEU域内で利用される場合
- EUの法人向けにAIサービスを提供する場合
具体的な対応が必要な事項
1. コンプライアンス体制の構築
- リスクベースアプローチに基づく自社AIシステムの分類
- 高リスクAIに該当する場合の適合性評価準備
- 技術文書の作成・維持体制整備
2. 汎用AIモデル提供者の義務対応
- 学習データの詳細文書化
- 著作権法準拠のためのポリシー策定
- システミックリスクの評価・管理体制構築
3. 事業戦略の見直し
- EU市場参入時のコンプライアンスコスト算定
- AIガバナンス体制の強化
- AI規制サンドボックスの活用検討
今後の展望:2026年以降の動向
段階的施行スケジュール
EU AI法の完全施行に向けたスケジュール:
- 2026年8月:法律の大部分が本格的に適用開始
- 2027年8月:「ハイリスクAI」に関する義務(適合性評価など)が完全に適用開始
継続的な政策調整
このような一連の動きにより、AI法の施行自体がさらに先送りされる懸念も出ています。産業界からの要請を受けて、規制の実装においてイノベーションと安全性のバランスを取る調整が続くと予想されます。
国際協調の強化
EUは、G7サミットや国際AI安全性研究所(AISI)ネットワークを通じて、国際的なAIガバナンスの標準化をリードしようとしており、日本との協力関係も深まることが期待されます。
まとめ:変革期のEU AI戦略
2025年のEUは、AI分野において規制から競争力強化へと戦略を大きく転換し、米中に対抗する「第三の道」を模索しています。AI大陸行動計画による大規模投資、規制の簡素化、そしてイノベーション促進策により、欧州は世界のAI競争において独自のポジションを築こうとしています。
日本企業にとって、この変化は新たなビジネスチャンスであると同時に、厳格なコンプライアンス要求への対応が必要な挑戦でもあります。EUの動向を継続的に注視し、適切な準備と戦略調整を行うことが、今後のグローバルAI市場での成功の鍵となるでしょう。
欧州の「信頼されるAI」というビジョンは、単なる規制の枠組みを超えて、持続可能で人間中心のAI社会の実現を目指す壮大な実験といえます。その成果は、世界のAI開発と活用の方向性を決定づける重要な要因となるでしょう。
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