中国政府は生成AI分野で世界最速の規制整備を進め、2025年12月時点で611件の生成AIサービスが登録を完了するなど、急速な規制体制の構築が注目されています。本記事では、中国のAI規制の現状と企業が押さえておくべき最新動向を詳しく解説します。
はじめに：中国AI規制の独自性と重要性
中国政府は生成AIの規制において世界をリードしており、ChatGPTが登場してからわずか数カ月後に世界初となる生成AIに関する規制を導入しました。2017年に発表された「次世代AI発展計画」では、2030年までにAIの理論、技術、応用で世界のトップに立つことを目指すという野心的な目標を掲げており、規制と発展促進の両立を図る姿勢が特徴的です。
中国AI規制の基本的な法的枠組み
生成AIサービス管理暫定弁法：規制の中核
2023年8月15日より施行されている「生成AIサービス管理暫定弁法」が中国の生成AI規制の中核となっています。この法律は以下の特徴があります：
適用範囲：中国国内の公衆に対してテキスト、画像、音声、動画等のコンテンツを生成するサービスを提供する場合に適用され、研究開発段階ではなくサービス提供段階で規制が開始される点が特徴的です。
域外適用：外国から中国国内向けに提供される生成AIサービスについても、中国国内の規定に適合しない場合には技術的措置等を講じて対処するとされており、グローバル企業にも大きな影響を与えます。
禁止されるコンテンツ
社会主義核心価値観への違反、国家政権の転覆や社会主義制度の打倒を扇動するもの、国家安全や統一の破壊を扇動するもの、テロリズムの喧伝、民族差別、暴力・わいせつポルノ、虚偽有害情報等の生成が厳格に禁止されています。
2024-2025年の主要な法制度更新
AI生成コンテンツ標識弁法の施行
2025年3月7日に公布され、同年9月1日より施行された「人工知能生成合成内容標識弁法」により、AIが生成したコンテンツには明確な表示が義務付けられました。
この法律の主要な要件：
- 明示的ラベル：AI生成コンテンツには目に見える形で免責事項や透かしなどのマークを付ける必要があり、動画では冒頭フレームに明確な表示が必要
- プラットフォーム責任：Xiaohongshu、Bilibili、Weibo、Douyin、Kuaishouなどの大手プラットフォームはAIコンテンツの宣言を実施し、ラベルを追跡・スキャンすることが必要
データ越境移転規制の更新
2025年1月から「ネットワークデータ安全管理条例」が施行され、重要データの保護や越境移転の規制が強化されており、AI企業のデータ利活用に大きな影響を与えています。
アルゴリズム登録制度の運用状況
2025年5月まで官報で公開されたデータによると、アルゴリズムの届出件数は総計575件となっており、継続的な監督体制が構築されています。
届出・登録の分類：
- 大規模モデルを使用する生成AIサービスは国家インターネット情報弁公室で届出
- 既存モデルをAPIで利用する場合は地方のインターネット情報部門で登録手続
登録実績：2025年1月時点で、届出が行われている生成AIサービスは302件、登録が行われているサービスは105件
分野別規制の動向
自動運転分野
2024年には「インテリジェントコネクテッドカーの車・路・クラウド統合応用の試行に関する通知」「地理測量情報セキュリティ管理強化に関する通知」が公布され、自動運転技術の安全性確保が強化されています。
北京市では「北京市自動運転車条例」が2024年12月31日に公布され、2025年4月1日より施行されるなど、地方レベルでも具体的な規制が整備されています。
医療分野
2024年11月6日に「衛生健康業界AI応用シーン参考ガイドライン」が公布され、医療サービス、健康産業、基礎公衆衛生サービス、医学教育・研究の13領域におけるAIの応用シーンがリストアップされました。
国家AI政策の新展開：「人工智能+」行動
2025年の政策転換点
2025年8月に国務院が「関于深入实施人工智能+行动的意见」を正式発表し、技術突破から全要素賦能への戦略転換が明確になりました。
三段階の発展目標：
- 2027年まで：6大重点領域での広泛深度融合、新一代智能終端・智能体等の応用普及率70%超
- 2030年まで：AI全面赋能高质量发展、応用普及率90%超、智能経済が重要増長極に
- 2035年まで：全面的な智能経済・智能社会発展新段階への突入
産業発展への影響
2025年には大規模言語モデル応用開発人材30万～50万人の育成が見込まれ、4700社を超えるAI企業、約200の生成AIサービス大規模モデルが公衆向けサービスを提供する体制が構築されています。
司法実務における判例動向
著作権関連判例
2024年2月に広州インターネット裁判所において、AIサービスプロバイダーによる著作権侵害を認める初判決が下され、AI生成コンテンツの法的責任が明確化されました。
2024年は「人工知能司法元年」と呼ばれるほどAIコンテンツの著作権を巡る訴訟が急増しており、技術進歩に法制度が追いつこうとしている現状が見られます。
人格権侵害事例
2024年には裁判所がAI生成音声の侵害に関する初の判決を下し、賠償を命じた事例や、「AIによる顔の入れ替え」に関する2件の訴訟で賠償と謝罪を命じた事例が報告されています。
企業が注意すべきコンプライアンス事項
必要な対応措置
アルゴリズム届出・登録：AI関連法規制が整備されるにつれて監督および審査は強化されるため、アルゴリズムの届出、セキュリティ評価、内容のフィルタリング、内容の標識などの規制対応を組み込んだコンプライアンス体制が不可欠
コンテンツ標識：生成AIサービス提供者には画像、動画等の生成コンテンツに標識を埋め込み、生成コンテンツである旨を表示することが原則として義務付けられている
罰則リスク
個人情報保護法違反となれば、最大で5,000万人民元（約10億円）または前年度の売上高の5%の罰金が科せられる可能性があり、レコメンデーションアルゴリズム規定に基づく届出違反については1万～10万人民元の罰金が設定されています。
今後の展望と予測
包括的AI法の策定
2024年には主要なAI関連基本法は成立しなかったものの、2023年に立法計画に含まれ、2024年に国務院の立法議題で準備審査プロジェクトとしてリストアップされた人工知能法の導入が近い将来予想されます。
全国人大常委会2025年度立法工作計画では人工智能健康発展等の立法項目を予備審議項目として列挙しており、より包括的な法整備が進む見込みです。
国際的な位置づけ
中国は政策法規がAI健康発展を保障する役割を発揮し、有序にAI関連立法工作を推進している状況であり、米国上院議員マーク・ワーナー氏が「中国は自国内でのAI自己規制において、はるかに先を行っている」と指摘するように、世界的にも注目されています。
技術発展との調和
中国の生成AI利用率が個人で81.2%、企業で95.8%に達している現実は、規制が技術普及の阻害要因となっていないことを示しており、適切な規制枠組みが技術の健全な発展を促進する可能性を示唆しています。
まとめ：中国AI規制への対応戦略
中国のAI規制は、規制強化と産業振興の巧妙なバランスを目指した独自のアプローチを採用しています。規制と技術革新の均衡点を見つけることで、AIガバナンスを巡る国際的な電子商取引ルール交渉等に大きな影響を与える可能性があります。
グローバル企業は以下の点に注意が必要です：
- 包括的コンプライアンス体制の構築：アルゴリズム届出から生成コンテンツ標識まで
- 継続的な法改正への対応：法制度の急速な変化への迅速な適応
- 中国特有の価値観・政策への理解：社会主義核心価値観等の文化的背景の考慮
「人工智能+」行動は一時的な響きある口号ではなく、法治を底とし、標準を尺とし、能力を核とし、協同を綱とする系統工程であり、中国市場で事業を展開する企業にとって、継続的な監視と対応が不可欠となっています。
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