2025年はヨーロッパにとって、AI分野における歴史的な転換点となりました。世界初の包括的AI規制法である「EU AI法」の段階的適用が開始され、同時に規制緩和への転換も見られるなど、ヨーロッパのAI政策は大きな変化の只中にあります。デジタル主権を掲げるEUの戦略から、個人データ保護の重要な役割を果たすGDPRの最新改正まで、本記事ではヨーロッパのAI政策・戦略の全体像を包括的に解説します。
はじめに：ヨーロッパAI政策の全貌と本記事で分かること
なぜ今ヨーロッパのAI政策が重要なのか？
ヨーロッパのAI政策は、単なる地域的な取り組みを超えて、グローバルなAIガバナンスの標準を形成する影響力を持っています。2025年2月に一部施行が開始されたEU AI法は、AI技術の歴史における画期的な出来事であり、その影響は計り知れません。
2025年8月2日にはAI法の汎用AIに関する規定が正式に適用開始され、ChatGPTをはじめとする生成AIにも本格的な規制が適用されています。一方で、EUでは世界初のAIの包括規制である「AI法」が2024年に発効し、段階的に運用を始めているものの、「高リスク」と認定したAIへの規制は2026年8月の開始予定を最大で16カ月延期するなど、規制緩和の動きも見られています。
本記事を読むとどんなメリットがありますか？
本記事では、複雑に絡み合うヨーロッパのAI政策の全体像を整理し、以下の価値を提供します：
- EU AI法の最新適用状況と今後のスケジュール
- GDPR改正による個人データ保護の新たな方向性
- ヨーロッパのデジタル戦略とイノベーション促進策
- 日本企業が直面する具体的な影響と対応策
EU AI法の最新動向｜段階的適用と規制緩和のバランス
2025年現在のAI法適用状況とは？
AI法の施行時期は、規制内容に応じて分かれており、禁止されるAIの利用行為に関する規制等は2025年2月2日から、GPAIモデルに関する規制等は同年8月2日から、残りの多くの規定は2026年8月2日から適用が開始されています。
現在（2025年12月時点）で適用されている主要な規制内容は以下の通りです：
2025年2月2日から適用開始
- 許容できないリスクを伴う「禁止されるAI」の使用禁止
- サブリミナル技術や脆弱性を悪用するAIシステムの禁止
- 社会信用スコアリングシステムの禁止
2025年8月2日から適用開始
- 汎用目的AI（GPAI）モデルに対する規制
- システミックリスクを伴うGPAIモデルへの厳格な要件
汎用AIの行動規範策定状況
欧州委員会は2025年7月10日、EUの人工知能（AI）規則に基づく「汎用AIの行動規範（General-Purpose AI Code of Practice）」の最終版を公開しました。この行動規範は法的義務ではないものの、自主的に署名する企業はAI法への準拠を示し、行政負担の軽減、法的確実性の向上を享受できるとされています。
行動規範の主要な構成要素：
透明性：AI法に基づく透明性義務に対応する「モデル文書化フォーム」の提供
著作権：EU著作権法に準拠するためのポリシー策定支援
安全性とセキュリティー：システミックリスクを伴う高能力汎用AIモデルのリスク評価と管理ガイドライン
規制緩和への方向転換とその背景
米中の主導で生成AIが急速に発達するなか、EU域内からも過度の規制が競争力を低下させるとの声が上がっていた。これを受けて、欧州委は、高リスクAIシステムに関する規則の適用時期を2027年12月まで最長で16カ月延期する方針のデジタル・オムニバス法案を提案しています。
この方向転換の背景には以下の要因があります：
- 2024年9月に公開されたドラギレポートでEUにおけるAIの競争力強化の必要性が打ち出されたこと
- アメリカや中国との技術競争における危機感
- 欧州企業、特にスタートアップの競争力向上の必要性
EU AI法の詳細な規制内容や日本企業への具体的な影響については、EU AI法を徹底解説！日本企業が知るべき規制内容と対応策でも詳しく解説しています。
GDPRの進化｜AI時代に対応した個人データ保護の新展開
デジタル・オムニバス法案によるGDPR改正
欧州委員会は2025年11月19日、デジタル・オムニバス規則提案を発表し、GDPRにも重要な改正を加える方針を示しました。この改正は、AI時代に対応した個人データ保護の枠組みを構築することを目的としています。
主要な改正内容：
AI学習における個人データ利用の明確化：AIモデルの学習における個人データの正当な利用について枠組みを定め、ユーザーの利益が十分に考慮され、保護されるよう徹底
仮名化データの扱いの明文化：データ主体の身元を明かすことなく第三者と共有できるデータへの安全な変換方法の整備
単一事故報告窓口の導入：企業がすべてのインシデント報告義務を一元的に満たすことができる「単一事故報告窓口」を導入
Cookie規制の簡素化とプライバシーへの影響
現在、ウェブサイトはほとんどのCookieを保存またはアクセスする前に明示的な同意を得る必要があるが、提案された変更の下では、企業は「低リスク」用途の限定リストまたは「正当な利益」という広範な法的根拠の下で、最初に尋ねることなく一部のデータを収集できるようになります。
この変更により、ヨーロッパは「オプトイン」システムから「オプトアウト」に近いシステムに移行し、ユーザーがトラッキングを停止するために積極的に拒否する必要が生じる可能性があります。
英国におけるデータ保護法改正の動向
2025年6月19日、英国において2025年データ（利用及びアクセス）法（Data (Use and Access) Act 2025、以下「DUAA」）が国王裁可を受けて成立しました。この法改正は、Brexit後の独自の方向性を示すものです。
主要な変更点：
科学研究の定義拡大：営利・非営利を問わず商業研究も含まれることが明文化
自動化された意思決定の部分的許可：一定条件下でのADM（自動化された意思決定）を認可
国際データ移転基準の緩和：移転基準が「実質的に低くない」と緩和
ヨーロッパのデジタル戦略｜AI大陸への道筋
AI大陸行動計画の全体像
2025年4月に発表された「AI大陸行動計画」は、ヨーロッパをAI分野の世界的リーダーとして位置づけるための包括的な戦略です。この計画は3つの主要な柱で構成されています：
第一の柱：AIファクトリーの構築
- 欧州全体でのAI開発インフラの統合
- 高性能コンピューティング資源の共有
第二の柱：AIのためのデータアクセス改善
「データラボ」を2025年後半に新設し、医療・エネルギーなどの共通欧州データスペースと接続し、AI開発者が利用できる形でデータを提供・統合する役割を担う
第三の柱：アルゴリズム開発と戦略的分野での導入促進
EUが強みを持つ製造業や航空宇宙、農業などの戦略的産業分野や、医療、司法といった公的機関でのAI導入を加速
国際デジタル戦略と「デジタル外交」
欧州委員会は6月5日、外務・安全保障政策上級代表と共同で、「国際デジタル戦略」を発表した。この戦略は、民主主義的価値観に基づく「ルールに則したグローバルなデジタル秩序」の推進を目指すEUの外交・産業・安全保障政策を一体化する「デジタル外交」の明確な方針を示したものです。
主要な戦略要素：
安全で信頼できるインフラ構築：エネルギー、輸送、金融、医療、通信領域での安全なネットワーク構築
新興技術の強化：AI、5G/6G、量子技術、半導体などの戦略的技術分野での競争力強化
グローバルなデジタル規範の形成：多国間フォーラムを通じた民主主義と人権を重視するデジタルガバナンスの推進
データセンター投資とインフラ整備
ヨーロッパでは、AI需要の急増に対応するため大規模なデータセンターインフラ投資が進んでいます。マイクロソフトは2024年から2027年にデータセンターを含めAI関連で40億ユーロを投資し、パリとマルセイユにおけるデータセンターの拡張、ミュルーズ・アルザス都市圏に新施設を建設予定です。
また、AWSは2017年から2031年に60億ユーロを投資し、デジタル・リアルティは2025年2月にフランスで開催されたAIサミットにおいて、パリとマルセイユ地域での13のデータセンター新設に最大50億ユーロを投資すると発表しています。
AI活用戦略と科学技術イノベーション｜産業競争力の強化
「AI活用（Apply AI）」戦略の具体的内容
欧州委員会は10月8日、「AI活用（Apply AI）」戦略と、「科学分野でのAI（AI in Science）」戦略を発表しました。これらの戦略は、AI大陸行動計画を次の段階に進める重要な施策です。
AI活用戦略の主要要素：
10の主要産業分野での支援：
- 医療・製薬
- ロボティクス
- 製造・エンジニアリング・建設
- 防衛・安全保障・宇宙
- モビリティー・運輸・自動車
- 電子通信
- 気候・環境
- エネルギー
- 農業・食品
- 文化・クリエーティブ（メディアを含む）
中小企業特化支援：各産業がAIを業務に統合することを支援する具体的なサポート策
欧州デジタルイノベーションハブの強化：EDIHをAI体験センターに転換し、EUのAIイノベーションエコシステムへのアクセスポイントとして機能
科学分野でのAI戦略とRAISE
「科学分野でのAI」戦略は、EUをAI主導の研究と科学的イノベーションの最前線に置くことに焦点を当て、その中核となる仮想研究機関「RAISE（Resource for AI Science in Europe）」は、AI開発と科学分野への応用に向け、AI資源の集約と調整を図る。
この戦略では、EUの研究開発支援プログラム「ホライズン・ヨーロッパ」から6億ユーロを投じて科学分野の計算能力へのアクセスを強化し、研究者やスタートアップにAIギガファクトリーの利用を促進します。
データユニオン戦略によるデータ利用拡大
「AI活用」戦略は、AIのためのデータ利用拡大を目指すデータユニオン戦略によって補完され、AIモデルの学習に不可欠な高品質で大規模なデータの利用可能性を確保することを目指す。
これにより、欧州の多言語環境に対応したAIモデルの開発が促進され、欧州の生成AIの特徴の一つは言語的多様性で、「欧州言語データスペース」を作成し、英語だけでなく他の言語モデルも整備されています。
日本企業への影響と実務対応｜コンプライアンス戦略の構築
EU AI法への対応が必要な日本企業の範囲
欧州AI法には、域外適用の規定が設けられており、EU域内へAI関連のサービスを提供する日本企業などにも適用される可能性がある。対象となる主な企業は以下の通りです：
プロバイダー：AIシステムまたは汎用AI（GPAI）モデルを開発し、EU市場に投入する企業
デプロイヤー：AIシステムをEU域内で使用する企業
輸入業者・販売業者：EU域外で開発されたAIシステムをEU市場に導入・販売する企業
罰則とコンプライアンス体制
罰金はコンプライアンス違反の種類に応じて、750万ユーロまたは世界の年間売上高の1.5％から、3,500万ユーロまたは世界の年間売上高の7％までの幅がある。ただし、スタートアップ企業や中小規模の組織に対して課せられる罰金は、2つの可能な金額のうち低い方となる配慮もあります。
GDPRコンプライアンスの新たな要点
AI学習、テスト、検証は、企業がデータ最小化、透明性、無条件の異議申し立て権などの安全措置を実施する限り、GDPRの「正当な利益」ベースで実施される可能性があるとの方向性が示されています。
企業が注意すべき主要ポイント：
透明性の確保：AI学習におけるデータ使用の目的と方法の明確化
データ最小化原則の適用：必要最小限のデータのみを使用
異議申し立て権の保障：データ主体による無条件の異議申し立て権の確保
GDPRとAIの関係性や具体的な企業対応ガイドについては、GDPR AI完全解説！2025年最新動向と企業対応ガイドでも詳細に解説しています。
今後の展望と注意すべき動向｜2026年以降の予測
AI法完全施行に向けたスケジュール
2026年8月2日から、高リスクのAIシステムに対する規定が適用され、2027年8月2日からは、特定のEU法の下で規制されている製品または製品の安全コンポーネントであるAIシステムに対する規定が適用されます。
ただし、高リスクAIシステムに関する規則の適用時期を2027年12月まで最長で16カ月延期する方針も検討されており、企業には対応準備のための猶予期間が与えられる可能性があります。
規制とイノベーションのバランスの模索
2025年2月にパリで開催されたAIアクションサミットで、フランスのマクロン大統領は、EUはAIのルールを簡素化してビジネスに友好的なものとし、アメリカと同期する必要があることを表明しました。
この背景には、米国は自由な民間競争による「レースに勝利」することを目指し、中国は国家主導で社会の隅々までAIを浸透させる「AI+」戦略を掲げる一方、EUは「人間中心」の理念に基づき、ルールと倫理で「AI大陸」を築こうとしているという、各国の異なるアプローチがあります。
グローバルなAIガバナンスへの影響
EU AI規則は、EUの一般データ保護規則（GDPR）が各国にデータ・プライバシー法の導入を促したのと同様に、専門家はEU AI規則が世界中でより強力なAIガバナンスおよび倫理基準の開発が促進されると予想しています。
これにより、「ブリュッセル効果」と呼ばれる現象により、EUの規制が世界標準となる可能性が高く、日本企業にとっても重要な対応課題となります。
まとめ：ヨーロッパAI政策の本質と日本への示唆
ヨーロッパのAI政策・戦略は、2025年を境に大きな転換点を迎えています。世界初の包括的AI規制法であるEU AI法の段階的適用開始から、規制緩和へのシフト、そして個人データ保護の枠組み更新まで、複層的な変化が同時進行しています。
この総集編で明らかになったのは、ヨーロッパが「人間中心の信頼できるAI」という理念を堅持しながらも、グローバルな技術競争に対応すべく、実用性と競争力を重視する方向に舵を切っていることです。「AI大陸」の構築に向けた包括的な戦略は、単なる規制の枠を超えて、イノベーション促進とデジタル主権の確立を目指しています。
日本企業にとっては、EU域内でのビジネス展開を考える上で、これらの政策変化への適切な対応が不可欠です。特に、AI法の段階的適用スケジュールの把握、GDPR改正への準備、そして新たなデータ活用機会の探索が重要な課題となるでしょう。
ヨーロッパのAI政策の動向は、今後のグローバルなAIガバナンスの方向性を示す重要な指標として、継続的な注視が必要です。規制とイノベーションの適切なバランスを追求するヨーロッパの取り組みから、日本も多くを学ぶことができるはずです。
「周りがどんどんAI活用してるのに、まだ様子見？置いていかれてからでは遅いんです。実際に生成AIマスター講座を受けたら、もう元の仕事レベルには戻れません。年収アップ、転職有利、副業収入増。この未来投資は破格です。今すぐ始めてみてください。」
